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大阪高等裁判所 昭和63年(ラ)39号 決定

抗告人

西日本建設株式会社

代表者代表取締役

橋場勉

代理人弁護士

福田健次

木村保男

的場悠紀

川村俊雄

大槻守

松森彬

中井康之

相手方

西川幾太郎

第三債務者

株式会社三井銀行

代表者代表取締役

片山謙之助

主文

原転付命令を取り消す。

相手方の本件転付命令の申立を却下する。

抗告人のその余の抗告を棄却する。

本件申立費用及び抗告費用はこれを二分し、その一を抗告人の、その余を相手方の負担とする。

理由

1  本件抗告の趣旨及び理由は別紙記載のとおりである。

2  当裁判所の判断

(1)  一件記録によれば、相手方は抗告人に対する神戸地方法務局所属公証人樫原義夫作成昭和六〇年五月二九日金銭消費貸借契約公正証書の執行力ある正本に基づく貸付金元本一億円、利息金四七万三四二四円、損害金八六三〇万一三六九円、合計金一億八六七七万四七九三円の請求債権に基づき、抗告人が第三債務者株式会社三井銀行(堂ビル支店)に対して有する一億円の債権、但し、抗告人が件外信用保証協会の申立にかかる大阪地方裁判所昭和六一年(ケ)第九五三号の任意競売申立事件の執行停止のためになした大阪簡易裁判所昭和六二年(サ)第七九五二号不動産競売停止決定申立事件の保証供託のために、第三債務者株式会社三井銀行になした支払保証委託契約にもとづき、差入れた金員の定期預金四〇〇〇万円(但し、抗告人が第三債務者に上記支払保証委託契約に基づき負担する債務のため質権を設定したもの)の払戻請求権及び前記預金に対する利息請求権の合計額のうち一億円にみつるまでの債権につき差押命令及び転付命令を原審裁判所に申立て、原審は右申立をいずれも認めたことが認められる。

(2)  抗告人は、本件被差押債権は条件付債権であるから、被転付適格がない旨主張し、その理由として、本件転付命令は、執行停止のための保証金すなわち訴訟上の担保のための支払保証委託契約に基づき差入れた金員の払戻請求権すなわち供託金取戻請求権に対して発せられたものであるが、供託金取戻請求権は、被供託者が何らの損害を受けなかつたときに始めてこれを取戻すことができるものであり、被供託者に損害が発生するかどうか未定のうちは右権利の発生自体も未定である旨主張する。

ところで民事執行法一五条一項、同規則一〇条によれば、支払保証委託契約による担保を立てることが認められているところ、この支払保証委託契約は第三者のためにする契約であつて、担保提供者と銀行等との契約において、銀行等が債務者となつて第三者である担保権利者に対し同規則一〇条一号により金銭を支払うことを約し、これによつて担保権利者は銀行等に対して直接にその支払を請求する権利を取得するものであるが、銀行等は自己の経済的負担によつて右金銭の支払をするとはいうものの、実際上は、担保提供者に発令裁判所が決定した保証金額と同額の金銭を定期預金させ、この定期預金に質権を設定したうえ、保証料をとつて支払保証委託契約を締結しているのが実情である。そうすると、本件被差押債権は右定期預金の返還請求権であつて、抗告人主張のような供託金取戻請求権でないことは明らかである。したがつて、仮に担保権利者に損害が発生し銀行等がこれの支払保証義務を履行したとしても、銀行等は右定期預金以外からその求償を受けることも可能であるから、少くとも担保権利者の損害の発生と右預金返還請求権の発生との間には必然的な関連性はない。よつて、抗告人の上記主張は理由がない。

(3)  次に抗告人は、本件差押えにかかる債権は他人の優先権の目的となつているから被転付適格がない旨主張する。一件記録によれば、本件被差押債権は第三債務者である株式会社三井銀行の質権の目的となつていることが認められる。ところで、転付命令の要件として券面額が要求されるのは、執行債権と被差押債権とが等質である場合に、被差押債権を執行債権者に取得させることにより執行債権の弁済があつたことにして簡明に当事者間の債権債務関係を決済しようとするものであるから、転付債権者が優先権の実行に至るまで被転付債権を取立てることができず、また転付の効力を優先債権額を控除した残額についてのみ認めるとか、優先権の実行によつて弁済を受けられなくなつた分につき、後に債務者に対する不当利得の返還請求を認めるというようなことは、上記制度の趣旨に反するものというべきである。そうであれば、本件被差押債権については券面額がなく被転付適格がないものというべきであり、抗告人の上記主張は理由がある。

(4)  以上の次第で、本件転付命令は、抗告人のその余の主張について判断を加えるまでもなく無効というべきであるが、本件債権差押命令については、その差押債権の表示に抗告人主張の各違法があるということはできず、その他一件記録を精査してもこれを取り消さなければならない違法事由は見当らない。

(5)  よつて、原転付命令を取り消し、相手方の右命令の申立を却下し、原債権差押命令は相当でこれに対する本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、本件申立費用及び抗告費用はこれを二分し、その一を抗告人に、その余を相手方に負担させることとして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官大和勇美 裁判官久末洋三 裁判官稲田龍樹)

執行抗告申立書

申立の趣旨

本件債権差押え及び転付命令を取り消す

抗告費用は被抗告人の負担とする

との裁判を求める。

申立の理由

大阪地方裁判所第一四民事部は、昭和六二年一二月二一日、同庁昭和六二年(ル)第三五七〇号、同年(ヲ)第七六九四号債権差押え及び転付命令申立事件について、上記申立を認めている。

しかしながら、上記裁判中には以下の理由により誤りが生ずるので、本件債権差押え及び転付命令(以下「本件転付命令」という。)は認められるべきではない。

1 本件転付命令は、以下に述べるような理由から、転付命令発令の要を欠いているものであるから、直ちに取り消されるべきである。

2 転付命令の発令の要件の一つとして、差押えられた債権が転付に適する、すなわち、被転付適格を有していなければならない。そして、被転付適格の要件の一つとして、被差押債権が券面額(一定の金額)のあること(民事執行法第一五九条一項)が必要である。

この要件は、転付命令が債権者、債務者、第三債務者間の債権関係を簡明、適確に一挙に決済しようとするものであり、争いを将来に残すものには被転付適格を認めない趣旨であるところから要求される。

したがつて、被転付債権が条件付の債権や将来の債権、反対給付にかかる債権、他人の優先権の目的である債権といつた場合、権利が発生していてもその金額が確定しているとはいえないので券面額のある債権とは言えない。

3 本件転付命令は、執行停止のための保証金すなわち訴訟上の担保のための支払保証委託契約に基づき差し入れた金員の払戻請求権〔以下「供託金取戻請求権」という(保証供託)〕に対して発せられたものであるが、上記債権は、条件付債権あるいは他人の優先権の目的となつている債権であるから、被転付適格を有しないと言わなければならない。訴訟上の保証供託は、当事者の訴訟行為又は裁判所の処分により相手方すなわち担保権者に生ずることあるべき損害を担保するために、裁判所の担保保証命令に従つて金額を供託するものである。

したがつて、被供託者が供託原因となる一定の行為によつて損害を受けたときは供託物から優先して(質権)その賠償を受けることができる(還付請求権)。この還付請求権は、上記のような損害が生じたときに初めて発生し、損害が発生しない限りこの権利は発生しないのである。そして、被供託者が何らの損害を受けなかつたときは、担保提供者(供託者)が、供託物の取戻手続をとることができるのである(取戻請求権)。

以上のように、被供託者に損害が発生するかどうか未定のうちは、いずれの権利が発生するかもまた未定である。すなわち、損害の発生の有無が判明してからそれぞれ確定的な権利となるのであつて、いわゆる条件付権利ということができる。損害の発生、不発生が未確定の間は、額も確定しないのであるから、券面額を有するということはできない。なお、優先債権額を控除した残額について転付命令の効力が生じると解しても、券面額で決済するという制度の趣旨に反することは明らかである。

また、転付債権者が他人の優先権行使によつて弁済を受けられなくなる危険を承知したうえで求めているから差し支えないという見解も存するが、この場合には、後に不当利得の問題等を残すことになり、簡明な法律関係の決済という趣旨に沿わないのである。

さらに、本件事案は、担保権実行に基づく不動産競売事件〔大阪地方裁判所昭和六一年(ケ)第九五三号〕において、担保権者に対する債務弁済の協定事件の調停手続の終わりに至るまで競売手続の停止を求めたものであり、担保債権者である二社(本件の被供託者)に損害が発生することは明らかであり、まさにその損害の担保のために本件保証金が存在するのである。

したがつて、いずれにしても、本件被差押債権は、将来における優先権の行使の有無及びその範囲によつて債権者が確定するので、券面額があるものといえないのである。

ただし、担保権者が、転付命令を求めた場合は、自己の有する還付請求権(質権)を放棄したものと認められるから、差し支えないが、本件転付命令の債権者は、担保権者ではなく第三者である。

4 第三者である債権者に対して転付命令の発生が認められるのは、当該事件が終了する場合、被供託者の還付請求権放棄書のある場合、供託保証金取戻しに同意する旨の書面のある場合に限られるが、本件においては、上記のいずれの場合にもあたらない。

以上の見解と同旨のものとして、注解民事執行法(4)六〇八頁、民事執行法と金融実務二一八頁、新民事執行法の解説(増補改訂版・田中康久著)三四九頁他が挙げられる。

以上の次第で、いずれの観点からしても本件転付命令の発令は認められるべきではない。

5 さらに、本件転付命令において、問題とされるべきは被差押債権目録の記載そのものである。

(1) まず、債務者の第三債務者に対して差入れた金額は三、五〇〇万円であつて、差押債権目録記載の四、〇〇〇万円ではない。

(2) 次に、債務者の第三債務者に対して差入れた金員は、株式会社大阪相互銀行に対する保証金として金三、四五〇万円、大阪府中小企業信用保証協会に対する保証金として金五〇万円というように区別されており、その定期預金口座も口座番号が五二一三八五〇―一と五二一三八五〇―二とに分けられているが、同目録には全くそのような記載はない。

以上のような記載で果して預金債権の特定ということができるのであろうか。

そして、上記のように区別されているのであるから、将来の損害の発生、不発生についても両者についてそれぞれ異なつた結論が導かれる。このような場合、どのようにして優先弁済を受ける被差押債権を確定できるのであろうか。

(3) さらに、上記目録には「前記預金に対する利息請求権」をも被差押債権とする旨の記載があるが、この利息請求権は将来発生する債権であつて、この不確定な額を含む被差押債権には券面額がないというべきである。すなわち、差押債権者に移転する被差押債権の額は決定できていないのである。

(4) 遡つて考えてみるに、上記差押債権目録の券面額は「金一億円也」という趣旨であろうが、その内訳は定期預金金四、〇〇〇万円の払戻請求権及び前記預金に対する利息請求権の合計額のうち頭書金額にみつるまでということであり、同記載でもつて果して一定の金額すなわち券面額ありと言うことができるであろうか。

したがつて、被差押債権目録の記載自体が券面額を有していないというべきである。

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